居酒屋夕凪で働く錬金術士の卵コウとミステリアスな女性シーラとの数日を描いた「硝子の杜」、
錬金術師としての仕事を探すコウと公認魔術士を自称する少女サクヤとの出会いから別れを記した「黄金の蜂蜜酒」、
そして上記二編の収束点である「こころのかけら」の三編よりなる本作。
一巻以上に作り込みが丁寧で、作者の作品に対する真摯な態度が伝わってきます。
後で詳しく書きますが、伏線とか展開が絶妙だと思います。あからさまでなく、何度も読み返してふと気付くんですよ。色々と。
未読の方は是非御覧下さい。




尚、以下の感想にはネタバレを含みます。反転も何もあったもんじゃないのでご用心。








物語の流れに従って、感じたこと、気付いたことを書き記していきます。先ずは「硝子の杜」終盤、コウとシーラの別れのシーンから。
コウにとってシーラは大切な仲間でしたし、シーラにとって自分の制作者と似た雰囲気を持つコウは、多分逃亡以来初めて出会った失いたくない人だったのでしょう。
未練も顕わに「やっぱり行くのか」と問いかけるコウと、不安そうに「私たちって、友達なのかな?」と尋ねるシーラの様子からはそう思わずにはいられません。
だからきっと、シーラがコウに抱きついたのは軍の監視がいたからなんかではなくて、切なさからそうせずにはいられなかったのではないでしょうか。
実際、一度も「軍の連中の監視」は描写されてないんですよね。シーラがコウを抱き締めた後でそう言っただけで。
コウが確認しようとするとシーラがそれを抱き締めて止めるんですが、多分それも自分のウソがばれないようにするためではないかと。

そう考えると、シーラの「なに言われるかわからないから」も、地の文の"確かに、これ以上こうしていると何を言いだすかわからない"も、
主語は実は「周りの人間」でなく「コウ」だったんじゃないかと思います。言いそうになったのはきっとシーラを引き留める言葉ではないかと。
一つ所に留まるわけにはいかないシーラを引き留めることは、力の無いコウには許されないことでしょうし、
どんな迷惑を呼び込むか分からないシーラにも、掛け替えのないコウを傷付けかねない行動をとることは出来ません。
だから、夕凪にいるよう言うことは出来なかったし言われるわけにはいかなかったのです。
そして、涙を伴う別れ。再開の約束は、けれど二人とも果たされるとは思ってませんでした。や、果たされるんですけどね。


ホイ次、「黄金の蜂蜜酒」。
つっても、これだけの感想ってのは特にないんですよね。敢えて言うなら、あの別れ方はコウにとって、或いはサクヤにとっても、最善ではなかったと言うことでしょうか。

ラスト、「こころのかけら」。
二巻のメインであることは、そのタイトルからもご理解頂けるかと。実際内容も極めて充実したものとなってます。
先ず第一に、サヨリの心の成長が見られます。物語半ばでは「寂しい」を上手く伝えられなかったサヨリですが、物語終盤では「寂しさ」という単語をさらりと口にしてます。
意識せずに言えるようになったのは、きっとサヨリの心が成長したからでしょう。恐らくは今回の物語でいずれ感じることになる「悲しい」も理解したのではないでしょうか。
余談ですが「まるで、見てきたように言うのね」「ああ。たぶん、僕はあの娘の未来を知っている」あたりの会話は凄く切なくていいと思います。
自分の心が成長しているからこそ、そしてコウが愛情を注いできたからこそ、サヨリは人形である自分を認められるのだと思います。
それが同じ欠片を持つレンとの小さくて決定的な違いだったのでしょう。
実際、レンは人形である自分を嫌っているんですよね。それは多分周りの人間から道具として扱われ、愛を感じることがなかったからでしょう。
実際にはサクヤに愛されていたにもかかわらず、それに気付けなかったことがレンにとっての悲劇だったのだと思います。
人は、愛されたようにしか愛することが出来ません。それはきっと人の形に適合したレンも同じで、だからレンは人を道具として利用することを考えていたのでしょう。
それでもサクヤはレンにとって特別だったのだと思います。多分、無意識にサクヤの愛情を感じていたのでしょう。心の奥底では母親と認めていたんだと思います。
だからこそ自分の前に立ち塞がったサクヤに対し、「できればアンタは殺したくない」と言い、
それでも退かないサクヤに対し「じゃあ、死ねよ。‥‥‥邪魔な人間」と、わざわざ言ったのでしょう。
そんなレンも、最後には救われます。サクヤがレンにかけた最後の言葉が何かはきっと余人の知るべき所ではないのでしょうが、
それでも敢えて想像するのならそれは「護ってあげられなくて、ごめんね」だったのだと思います。
一度目に聞かされた「護る」という言葉を、ただ自分を捉えるための方便だと思ったレンは、
しかしもはや偽りが意味を成さなくなった段になって尚「護りたかった」と口にするサクヤを漸く信じることが出来たのでしょう。
サクヤの愛情を知ったから、サクヤを「かあさん」と呼び、「ありがとう」と呟いて逝くことが出来たのだと思います。

そしてエピローグ。本当の意味で前二編が終わります。

数年前同様去り行こうとするシーラを、けれど今度はコウは引き留めます。どうしようもなかった嘗てとは違い、今のコウにはシーラを守る術がありますから。
それはコウ一人の力ではなく、けれどコウがいなければ決して出来なかったことでしょう。
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ
ある意味で夫婦とも言えるコウとシーラは、数年を経て漸く収まるべき場所に収まることが出来たのです。

やはり数年前同様黙って消えようとするサクヤの前に現れるコウ。
自分を後押ししてくれたコウに対しサクヤは感謝を、自分の手の届かない高みへ至ろうとするサクヤへコウは激励の言葉を贈ります。それは、どちらも以前言いそびれた言葉。
ここに来て初めてサクヤとコウは悔いのない別れを迎えることが出来たのだと思います。


以上、「夕なぎの街 こころのかけら」の感想でした。ご意見お待ちしております。